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心の声に従って生きるアラフォーのなんでも本音日記

自分の送別会を断ることは全然失礼じゃないから全力で辞退せよ

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自分の送別会だからって断っていけない理由はないです。行きたくない飲み会に行く必要があるのでしょうか。その会社の人と楽しく飲めるならいいですが、そうじゃないなら断ったほうが精神衛生上よいのではないでしょうか。

 

◆いよいよ退職日がせまってきました 

10月31日の最終出勤日まで、勤務日数14日。いよいよ、カウントダウンです。

 

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あとはもう気楽に「会社を辞めたら何をしよう」と考えるだけで日々をやり過ごしたいと思っていたのですが、やらなければならない会社の仕事のことで心が重く、結局、旅行の計画を立てたりすることもできないまま今に至ります。

 

それでも、その「やらなければならない仕事」というのも少しずつ片付いてきて、目途が立ってきました。

 

いやだいやだと思っていても、なんだかんだで、心にひっかかっていることは、クリアになっていくものなのだなぁ、と思ったりしています。

 

私の心は軽くなってきていますが、職場の空気は重いように感じています。

 

特定の人ですが、出勤時に挨拶をしても返事をしてくれないとか、私が発信したメールに返事をしないとか、感じが悪いなと思うことが多々あります。

 

まあ、私が辞めることで頭数が減って、職場に残る人の負担が増えるので、そう思う心理も仕方ありません。

 

ただ嫌われているだけかもしれませんが。  

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

どうせ辞める職場の人ですし、これから付き合っていくつもりもないので、今更どうでもいいですが、「まったく、こういう人がいるから、辞めていく人が増えるんだよ」と思いながら、若干腹を立てていました。

 

そうやって怒りを持ちながら出勤したところ、その感じの悪い人から「最後にみんなで集まりましょう。焼肉でもどうですか」というメールが来ていてびっくり。

 

え?何言ってんの? Are you kidding me?

 

なぜ感じの悪いあなたと、気を遣うこと極まりない焼肉を食さなければならないのか、まったく意味がわかりません。

 

相手も「声をかけなかったら、悪いだろうし」という社交辞令で声をかけてくれたのでしょうが、そういうのホントにいらないんですよ。 

 

 

◆気乗りしない飲み会には行かない

これは私のポリシーです。というわけで、自分の送別会を丁重にお断りしました。お断りのメールを作るのに3時間くらいかかりました。

 

仕事中に「自分の送別会 断る」とググったりしました。Yahoo!知恵袋の回答では「組織にいるなら、企画してくれた人の気持ちを汲みなさい」というものもあったので、一瞬、参加しようかとも思いました。でも、本音に従いました。

 

だって「これからは、好きなことだけして生きていこう」と思って、会社を辞めるのに、ここで自分の本音を無視するのは違いますよね。

 

我慢して人の目を気にする生き方は、もうおしまいにしたかったんです。

 

もし、行くことにしたらしたで「めんどくさいなー。行きたくないなー」とその日が来るのが嫌で仕方なくなって、心が重くなるに決まってます。

 

せっかく終わりに向けて、ひとつひとつクリアになっているのに、心が曇ることをまた増やす必要はありません。

 

どういう理由をつけて断ろうかとぐるぐる悩んだ結果、シンプルに「ありがとうございます。せっかくですが、ご遠慮します」とお返事しました。

 

「なぜご遠慮するのか」ということを明記しませんでしたが、へたに嘘をつくのも嫌なので、、、

 

それに、もしその会が催されるとして、誘われた人だって「送別会だから、行かなきゃ悪いかな」などと悩んで、でも行きたくなかったら適当な理由をつけて断ったりして、面倒なことになるじゃないですか。

 

全然誰もハッピーじゃない。双方に煩わしいことが増えるだけです。

 

 

◆つながる人とはつながるからそういうのいらない 

心の距離の近い、付き合い続けていたい人とは、こんな形式的なことをしなくても「ごはん行こうよ!」「うん、いいね!」と、パッと集まることができます。

 

そして、同じ会社にいようが、誰かが辞めようが、本当につながっていたい人とはつながり続けていくものです。たとえ何年のブランクがあったとしても。

 

先日も、私が退職することを前の前の部署で一緒に働いていた人に言ったら、バーッと連絡網でつながって、数年振りにみんなで集まってごはんを食べ、お酒を飲み、声が枯れるほど笑って、楽しい時間を過ごしました。彼女たちとは、また来月も集まることが決まっています。

 

また、最近、前の部署の時の取引先の人にも会いました。前の部署を去る時の私の去り方は「あの人と仕事するくらいなら辞める!」という子どもじみた、大変みっともないほど自己中心的な去り方でしたが、それでも私をかわいがってくださるのは変わらず、2年経った今でも交流があります。

 

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一つ前の部署の人たちとも、月末に集まります。ランチ会という名目ですが、実質私の送別会の意味も含んでいると思います。だからと言って、これで縁が切れるわけではないし、これからも付き合っていく人たちだと思っています。

 

 

◆心の距離が遠い人ほど形式的なことをする 

心の距離が遠いから、形式的に感じるのかもしれませんが、送別会だとか、寄せ書きだとか、お金を集めてプレゼントをあげるだとか、千羽鶴を折るだとか、どうしてそういう発想になるのか不思議です。

 

その人が本当に望んでいるものをあげるのが心遣いじゃないでしょうか。

 

寄せ書きなんて、本当に信じられない。もらってうれしい人がいるのでしょうか。しかも、あれ、書くほうも大変ですよね。私は、寄せ書きを書くのも大っ嫌いです。言いたいことがあるなら、口で言えばいいのに。この時代に、なぜ寄せ書かなければならないのか。

 

日頃コミュニケーションを取ってないから、相手が何を望んでいるのかわからないから、どうしてもこういうことをしがちです。コミュニケーション不足で、私が心の底から何もしないでほしいと思っていることがわかってないから、こういうことになるんだなー。

 

そして、これらの形式的で社交的な行事っぽい事柄には「"自分が"辞める人から"何もしてもらえなかった"と言われたくない」「辞める人や周りの人から"自分が"いい人と思われたい」という心が透けて見えるんですよね。

 

去る人ではなく、送る側=「自分」の気持ちが主軸になってるんですよ。

 

だいじょうぶ、何も企画されないからって、なんとも思わないし、どっちにしても嫌いだから。

 

その場だけ取り繕ったって、日頃の態度を見ていれば、好意的かそうじゃないかなんて簡単にわかります。全部ばれてるのになあ。

 

それでも、こんなひねくれた私にも感謝の気持ちはあります。声をかけてくださってありがとう!という気持ちはもちろん持っています。

 

社交辞令であっても、面倒くさいだろうに、メールをくれたのですから。私なら、しないですもん、そんなこと。

  

だけど、送別会は絶対無理。そんな日頃コミュニケーション取ってない人と集まってお酒を飲んだって、何も話せばいいのかわかりません。しかも「焼肉」。焼肉なんて、よっぽど仲のいい人じゃないと無理でしょう。

 

万が一「送別会をしなかったからせめて何かしなきゃ」という理由で寄せ書きなんかもらった日には、笑顔で受け取って中身を見ないで会社帰りにコンビニのごみ箱に捨てます。

 

そういう嘘くさいものは、本当にいりません。

 

「辞める」という今になって、気遣うのなんてやめましょうよ。おたがいに。 

 

 

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