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あしたはあしたのかぜがふく

心の声に従って生きるアラフォーのなんでも本音日記

台風21号→北海道胆振東部地震→大規模停電 ここ数日の顛末

 

2018年9月4日

台風21号の影響で、深夜に強風。職場の人は、眠れなかった人が多かったみたいだが、私は、たいして気にならず。私の家の地区は、そこまで強い風ではなかった。

 

2018年9月5日

出張のため、夕方から旭川へ。この出張、2ヶ月前から予定に組まれていて、大変楽しみにしていた。「会社のお金で旭川まで行って泊ってこれるなんて旅行に行くみたい!」と、この日が来るのを指折り数えていた。

 

台風は通過。フェーン現象で気温は高くて暑かったけれど、雨も降っていなかった。だけど、台風の影響でJRが運休になり、移動手段をバスに切り替えることに。この辺りから、すでに今回の出張は、"いわくつき"のにおいがしていた。

 

旭川に着くが、バスを降りるところを間違えた。タクシーに乗って、先に到着していた会社の人たちと合流。タクシー代を1,500円程自腹を切った。降りるところを間違えたのは不注意だけど、JR運休からのこの流れが、なにかおかしい感じがした。気をつけないと、明日の仕事でミスをするとかケガが起こるとか、危ないぞと思う。

 

これから3日間の滞在に備えて、スーパーで食料品を買い込んで、ホテルに戻る。シャワーを浴びようかと思ったが、眠気が覚めそうだったのと、どうせ明日の朝、出かける前にシャワーをするから、まあいっか、と布団に入る。なかなか寝付けず、11時頃までゴロゴロ。

 

2018年9月6日

ようやく眠れたかと思ったら、3時過ぎの揺れで起きる。ホテルの部屋が11階だったので、結構揺れたけれど、今までの経験から、ドアを開けて逃げ道を確保するほどの揺れではないと判断。

 

テレビをつけたら、緊急地震速報にすぐ切り替わり、「潮位は高くなる可能性がありますが、津波の心配はありません」としきりにアナウンスしていた。「潮位」という言葉が耳慣れなくて、緊急速報という大事なニュースなのに、わかりにくいと思った。ラジオで聞いている人がいたら、わからないだろう。それとも、広く知られている言葉で、私が知らないだけなんだろうか、「潮位」って。

 

旭川は震度4。札幌の自宅は震度5強。自宅のほうが震度が強い。食器を洗ったまま、棚に上げてきたので、落ちて割れているのでは?と心配。「いつかやればいい」と思って、先延ばしにするからこういう思いをすることになる。一つ一つのことを、きちんと終わらせておくべきなんだ。

 

しばらくして、突然テレビが消えた。停電。部屋の明かりが非常灯のみになる。ホテルの窓から見えていた道路の街灯が全部消えた。

 

実家にメール。停電にはなっているが無事で、ラジオ(電池式)を聞いているとのこと。私のポケファイは圏外になり、スマホが使えなくなったので、地震の情報がさっぱりわからない。テレビも見れないし、こういう時にはやはり、ラジオなんだな。

 

そういえば、リアルタイムで私を心配して、連絡をくれる人は、誰もいなかった。親でさえ。日頃の人付き合いの悪さが、こういう時によくわかる。

 

この時点では、まだトイレの水は流せたし、水も蛇口から細々とは出ていた。このあと断水になるとは、予想できなかった。朝には復旧するだろうと思っていた。やっぱり、昨日のうちにシャワーに入っておくべきだった。「明日できることは今日やらない」ではなく、「今できることは、今のうちに」だ。

 

結局眠れず、買ってあったパンを食べて、仕事に行く準備をする。睡眠時間4時間程度。ペットボトルの水でタオルを濡らし、ボディーソープをつけて体を拭いた。

 

ロビーに集合ということになっていたが、停電のため、エレベーターが使えない。非常階段を使って下の階に降りるが、途中、階段の踊り場に、余ったベッドが置いてあって、通路が狭くなっていた。あれは、消防法違反。避難訓練の時だけ、きれいに片づけたって、だめなんだよ。よくやりがちだけど。

 

会社の人の車で仕事場に向かうはずが、車をホテルの立体駐車場に入れていたので、停電で車を出すことができず、タクシー便乗で移動。ホテルはタクシー代を出してくれた。

 

停電の影響で、仕事(イベント)自体が中止になるかもしれないとのこと。会社のお金で旭川まで来て、ただ何もしないで帰ることになるかもしれない。とりあえず、実施する場合に備えて、会場へ向かう。

 

街の信号が全部消えていた。信号が付いていない道路を、お互いの車が譲り合いながら、進んでいる。でも意外と、なんとかなってるのが不思議。

 

会場のホテルも停電になっていた。ロビーには大きな窓があったので、光が差し込んで、かろうじて人の顔は見える。トイレは電気が付かず暗いし、水が流れない。バケツの水を使って流す。

 

ホテルには、自家発電設備があるようで、ホテルの人がコンセントタップを用意して、スマホなどの充電ができるようにセッティングしてくれた。充電用のケーブルを持っている人は、そのコンセントタップが設置されたテーブルに群がる。その様子も異様。

 

私は、そもそもポケファイが圏外になったままでスマホが使えなかったので、充電する必要がなく、充電待ちに時間を取られることがなかった。通信費を節約するために、ガラケーとスマホの二台持ちにしていて、ライフラインとしての連絡はガラケーでできる。ガラケーは電池の持ちがいいので助かった。

 

仕事の準備。会場づくりで体を動かして、汗だく。やっぱりシャワーに入っておけばよかった。今日もまだ水が使えなかったら、どうしよう。汗拭きシートを買って急場をしのぐしかないけれど、その汗拭きシートを買う店が開いているかどうかもわからない。食べる物を昨日のうちに買っておいてよかった。

 

8時半の時点で、イベントの中止が決定して、ホテルに戻ることに。ホテルに戻る途中、今のうちに買えるものは買っておこうと、セイコーマートに寄る。ホットシェフのあたたかいおにぎりが売っていてびっくり。白飯もあった。水はもう売り切れていたので、2リットルのお茶を買っておいた。レジは動いていなかったけれど、発注機みたいな別の端末でバーコードをスキャンして、金額を計算してた。

 

電気が止まるとクレジットカードもデビットカードも使えない。こういう時、便利な文明の利器は、結局機能しなくなる。だから、ある程度の現金は持っている必要がある。小銭や財布を持つのが面倒になってきたから、これからは、キャッシュレスで生きていこうかと思ってたけど、どうもそういうわけにはいかないみたいだ。

 

こんなにずっと長い時間の停電というのは、初めての経験。北海道全域で停電ということだから、かなり被害が大きい。災害の被害は、自分の身に起こってみないと、どういう状況になるのか、どういう心境になるのか、わからないものだ。私は、風呂に入れないというのが堪えた。

 

ホテルに戻ったが、部屋のある11階までは階段で上がるしかない。これまた結構しんどい。また、体を動かして、汗が噴き出る。

 

仕事が中止になって、やることがなくなった。札幌に帰ろうにも交通手段がない。閉塞的で空調のきかないホテルの部屋でじっとしていても仕方ないし、せっかく旭川に来たのだから、とホテルを出て、買物公園や旭川駅を散策した。旭川駅は大変立派で、きれいで素敵な建物だった。

 

信号は相変わらず消えているが、歩行者も車も、お互いに注意しながら、譲りながら動いている。信号がなくても、各人の倫理と善意でここまでできるというのは凄いことなんじゃないかと思う。

 

夕方、会社の人の知り合いの方が、車で札幌まで送ってくれるということになった。高速で札幌に帰る。伏古で高速を降り、そこからはまた信号の消えた道路を行く。旭川よりも札幌のほうが車の量が多い。それでも、やはり譲り合いながら、なんとか車が走っている。

 

札幌駅に到着したのが、18時半頃。どのビルも電気が付いていない。日が落ちているので、横断歩道を渡る時に、車から私が見えているのかわからなくて、こわい。昼間は良かったけれど、真っ暗になったら、歩くのは危ない。

 

なんとかマンションに着くが、やっぱりエレベーターが動いていないので、階段で6階まで上がる。窓がないから、少しの光も入らず真っ暗で、スマホのライトをつけて歩いたけれど、かすかにしか明かりが灯らず、非常に怖かった。

 

家に入ってみると、キッチンからフライパンが床に落ちていたり、洗剤のボトルがシンクの中に倒れていたりはしたけれど、心配していた食器も落ちてはいなかったし、冷凍庫の中のものもまだほとんど凍っていたので、大きな被害はなかった。

 

ただ、停電しているから、水を汲み上げることができなくて、水はまだ出ない。トイレは持っていた飲み水を全部使って流してみたが、水が足りなくて流し切れなかった。一か八かでトイレのレバーを押してみると、タンクに溜まっていた水があってそれで流すことができた。タンク内の最後の水を使いきった模様。このあと用を足す場合はもう、流せない。

 

水が出ないというのはこんなに大変なことなのかと思い知った。「蛇口をひねれば水が出る」という当たり前の状況って、ものすごく恵まれていることなのに、こういうことがないと気づかない。そして、復旧するときっとまた、忘れる。

 

懐中電灯で部屋を照らした。ポケファイはまだ圏外で、地震の情報を見ることができない。することがない。救急車や消防車などのサイレンが頻繁に聞こえる。異様な雰囲気。でも星がきれい。

 

電気がなくて、することがない(できることがない)なら、「暗くなったら寝る」という人間本来の生活に戻ればいいんだ。ということで、20時半には眠りについた。

 

途中目が覚めた時に、トイレの電気が付いていたので、電気が復旧したことがわかってひと安心。朝起きたら、道路の信号も付いていた。水も出るようになった。でも、やはりまだ、サイレンの音が頻繁に聞こえる。

 

2018年9月7日

仕事は休み。地下鉄、バス、JRは動いていない。市電は点検が始まった。今のうちに、とシャワーに入って、風呂には水を溜めた。最低限の食料はある。スーパーやコンビニの品揃え状況がどうなっているかはわからないけれど、必要としている人が買えるように、おやつのお菓子などを買いに行っている場合ではない。

 

部屋からは一歩も出ず、この2~3日の出来事を記録しておくことにした。家にいると、ちょいちょい揺れを感じる。まだ余震が続いてるみたいだ。実家はまだ、電気も水も復旧していない。

 

こういうことは、頻繁にあることじゃないけど、ないわけじゃない。「いざとなったら何とかなる」と鷹揚に構えていたけれど、そうでもないみたいだ。

 

「備えあれば憂いなし」で、手元にはある程度の現金を持っていないといけないし、防災の備えも必要だと身に沁みた。とにかく水は確保しておくべきだと痛感。

 

まだ起きてもいない未来のことを心配し過ぎることはないけれど、全く心配しないのも考えもの。

 

それから、「今できることは、今のうちにやる」こと。明日があると思っているけれど、ないこともあるということを念頭において、生きないといけない。

 

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